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貴族にとって、民との接見は義務なのよ。
つまらない生活をおくる彼らの人生に彩を与えてやれるのは、慈悲深い私以外誰もいないのだから。
数カ月前から最高の状態を維持するために、私は一切の社交を止めるのよ。接待の疲れは肌を傷つけてしまうもの。その間の仕事は、気が向いたもの以外全て従者がこなしたわ。
儀式の当日、従者達は私の髪を切って、帽子をかぶるように勧めたの。今は飾り気のない野性美が流行っているらしいのね。農婦が編んだネックレスや腕輪が良く似合っていたわ。
私は従者に支えられて、特別に作られた馬車に乗ったわ。
広場で馬車から降りた時、誰もがこの短い道のりを惜しんだことでしょう。
民は私の足元になだれこんで来たの。私はゆっくりと身を伏せたわ。民たちの爪の間の汚い泥まで見えそうなくらい近い距離だった。
私は民に向かって跳び込み、彼らは我先にと私を抱きしめた。最後に、私は従者に高々と抱えあげられたの。
正午の鐘と同時に明るい日差しが私の頬に降り注ぎ、天使の歌声が儀式の終わりを告げたわ。
民は永遠にこの日のことを忘れないでしょうね。私の最後の微笑みは、きっと彼らの人生を彩る夢となったでしょうから。
……僕の番?
墓場へ来る前の短い旅の途中で、とある農家に泊めてもらうことになった時のこと。その村ではいま呪いが蔓延しているため、村から人を出せないと言われ、僕はしばらくそこに滞在することになった。
家の主人はずっと何かを祈っていて、家の外じゃ板に釘を打つ音や、悲鳴やうめき声なんかが聞こえてきた。
こっそり窓から外を見ると、そこには小屋が建っていたんだ。
その小屋、変なんだ。静かだったのに、数日して急に騒ぎ始めたと思ったら、また数日経つと静まり返る。それの繰り返し。
主人はただ、薄暗い部屋で誰かに許しを請いながら祈り続けるんだ。
ある日、小屋が火事で全焼した。強烈な焦げ臭さで目覚めたからよかったけど、僕の泊まっていた家も危うく燃えるとこだったんだ。
その後、呪いは収まったとして、僕は村から出る許可を得た。帰る前に村の偉い人の話を聞くよう招待されたんだ。
今回のことはこの地に宿る怨念だ、とか、罪人を罰することで許されるとか、我らや彼らの一切の不幸も、全ては大いなる意思の導きだとか……。
そうだ、全焼した小屋の傍に木札があったのを覚えてる。
たしかこう書いてあったんだ——「40日」[※1] って。
私がまだ医学生だったころ、病院で仕事を終えた後、患者服の少女が一人で庭にしゃがんでいる姿を見つけたの。
迷子かと思い声をかけると、彼女は両親のために花を摘んでいると教えてくれたの。
両親は家におり、彼女は一人で入院しているようだったわ。入院するほど重い病を抱えた少女が親のために花を摘む姿に、私は心を打たれ、手伝いを申し出たの。
すると彼女は、私に花を渡して、これを両親に渡してほしいと言ったわ。それは庭で見たことがない、とても美しい赤い花束だったわ。
私は、あなたが直接渡したほうが喜ぶと言いながら、彼女を病室まで送ったの。その時、彼女の体に傷があったのが記憶に残っているわ。
次の日、私が彼女に会いに行くと、彼女は昨晩から昏睡状態に陥っていたの。
私は彼女の願い通り、彼女の摘んだ花を彼女の両親に渡したわ。
彼らは真っ赤な花をぼんやりと眺め、何も言わなかった。
この世に本当に魂があるなら、愛は死によってさえも消えないのでしょう。
……もちろん、恨みも。
彼女が亡くなって十日後。
あの子の両親が病院に運ばれたの。治す事のできない伝染病にかかっていて、遺体は全身青紫色で、苦し気な表情をしていたそうよ。
俺が通っていた学校は、市で一番強いラグビーチームだったんだ! 俺もそのメンバーでな!
あ、自慢じゃなくて、今日の話にピッタリな人を思い出しただけで……。
あの頃、新入生の中に一人、変わった奴がいたんだ。痩せた肺病持ちで、彼は一度も他の奴らとはしゃいだりしなかった。
俺は好奇心から、彼の観察をしたんだ。彼は先輩にボールを渡す度にこっそりと相手の匂いを嗅いで、何か呟くんだよ。
最初の先輩には「ポークステーキ」
俺は最初、太ってる先輩への悪口かと思ったんだ。
次の浅黒い肌の先輩には「ミルク」ときた。背が低いことへの皮肉だろう。
チームで一番の金持ちには「人」といったんだ。
金持ちにはビビッて悪口が言えなかったのか?
次はまた別の太った先輩。彼には「ほうれん草」だ。
見た目の悪口なら、この先輩もトンカツじゃないのか?
で、次の日に学校で大事件が起こった。警察がうちの学校で人を食う殺人鬼を捕まえたらしい。
どうやら、警察は匂いで相手が最後に何を食べたかが分かる変な能力を持った人の手を借りて犯人を逮捕したみたいなんだ。
俺はそれを聞いた瞬間、肺病持ちの新入部員を思い出したよ。彼が口にしてた「料理名」をな。
幼い頃、実家の花園で見つけた一羽のナイチンゲールの歌声はとても美しく、大層気に入った私は、たくさんの時間をその鳥と共に過ごした。
実は私は実家があまり好きではなく、大人になり家を出た私は、やむを得ず帰る際にも、あの鳥を見ることで心を和ませていたんだ。
しかしある時、妻の療養のため、実家に戻ることになった。
私が妻にナイチンゲールを紹介すると、彼女は怖いと言いだした。
その言葉でようやく、私もあの鳥の寿命が長すぎることに気がついた。
あの鳥は私と二十三年も共に過ごしていた、鳥の寿命は長くても十年ほどだというのに。
それに気づいた瞬間から、私はあの歌声を美しいと思えなくなった。
なぜ、同じ鳥だと私が認識していたか?とても特徴的な羽の形と、決して枝から飛ばないからだ。あの鳥はずっと、同じ枝に留まっていた。
妻が怖がるため、私はそのナイチンゲールを決して戻ってこられない場所に連れて行った、少なくとも、当時の私はそう思っていたのだが――
程なくして妻は他界し、葬式を終えて家に戻った夜……私はあのナイチンゲールが留まっているのを見つけてしまった。変わらずあの枝に止まり、けれど、歌うことは二度となかった。
私の荘園にある古い彫像にはちょっとした逸話があってね。
それは、私の祖先が広大な領土を統べる大貴族だった頃、領内に現れた火を噴くドラゴンから、一人の英雄が民を救ったというものだ。
英雄はかつて「国王の右腕」だったそうだ。
ドラゴンとの長きにわたる戦いは、英雄が十字架を使ってドラゴンを捕らえたことで終わりを迎える。
英雄はドラゴンを教会の地下に封じようとしたが、民は焼き殺すべきだと主張した。
そこでドラゴンは炎で焼かれることになったが、三日三晩焼かれてもなおドラゴンは死なず、弱るどころか、むしろ高々と頭を上げたんだ。
そこで、英雄はその首を切ることにした。そして、その首は教会の壁に飾られることになった。
我が先祖の領土はこうして平静を取り戻したんだ。
あの日の夜までは。
ドラゴンの首を飾る教会の神父が、壁から声が聞こえることに気づいた。それはとても馴染みある……炎の中から三日三晩聞こえてきた声とそっくりだったそうだ。その声はゆっくりと、言い聞かせるようにこう話した。
「お前たちは、あの英雄を信じるべきではない」と。
機会があれば、我が家の彫刻を触りにおいで。とても素敵なドラゴンの首の彫刻を。